退職後のお金の不安がなくならないのはなぜか。「見通しを持つこと」の効果の研究

退職後の生活費が足りるかどうか、考えるだけで不安になる。貯金をいくら増やしても「これで本当に足りるのか」という不安が消えない――それは準備が足りないからではなく、先の見通しが立たないこと自体が不安を強くするためかもしれません。
3行でわかる
- 退職前に準備や計画をしていた人ほど、退職後の生活満足度や心の健康がよい方向に変わりやすいことが研究でわかっている。
- 香港で退職前後の118人を18か月追跡した研究では、計画を立てていた人ほど退職前の時点でお金・心・人とのつながりの「資源」が多く、それが退職後の生活満足度や心の健康のよい変化につながっていた。
- 米国の中年夫婦の調査(学会発表の要旨)では、お金の話し合いがうまくできている夫婦ほど、「使いすぎ」や「重い借金」への心配が少なかった。
01不安の正体は「見通しの欠如」
退職後のお金の不安は、金額だけでなく「この先どうなるか分からない」という見通しの立たなさからも生まれる。
退職後にかかる生活費や医療費、年金の実際の受取額は、誰にとっても事前に正確には分かりません。いくら貯金があっても、将来の変化を完全に見通すことはできないため、不確実性そのものも不安のもとになります。この不安は意志の弱さではなく、「わからないこと」に対する自然な反応です。
02科学的にわかっていること
退職前に準備をしていた人ほど退職後の心の健康がよい方向に変わりやすく、先を見て動く人やお金の話ができている夫婦ほど不安や心配が小さい傾向が、複数の研究で見られる。
Yeung・Zhou(2017)[1]
退職前に計画を立てていた人ほど、退職の半年前の時点で使える「資源」(お金、前向きな気持ちや自分で状況を扱えている感覚、人とのつながりなど)が多いことが、18か月間追跡した調査で確認された。その資源が多い人ほど、退職後の生活満足度や心の健康がよい方向に変化し、心理的な苦痛は増えにくかった。
対象: 香港で退職を控えた人を退職6か月前から退職後12か月まで追跡し、最後まで回答した118人(平均60.0歳) / 限界: 香港の比較的小さな集団を対象にした調査で、追跡期間も18か月と短く、長期的な効果は確認されていない。お金の不安そのものは測っていない。
Ugwu・Idemudia(2023)[2]
先を見て自分から積極的に動く性格傾向(プロアクティブ・パーソナリティ)が強い人ほど、経済的な備えへの不安を含む退職不安が小さかった。他者と自分を比べる気持ちの強さが、この関係の一部を媒介していた。
対象: ナイジェリアの国公立の高等教育機関の職員508人(退職まで5年以内、平均57.47歳) / 限界: 一時点の自己報告調査で、因果関係は確かめられていない。単一国の公的機関の職員のみが対象で、他の働き方や国にそのまま当てはまるとは限らない。
Yorgason・Segel-Karpasら(2021、学会発表の要旨)[3]
お金についての夫婦の話し合いがうまくできているほど、「使いすぎ」を心配する夫と「重い借金」を心配する妻が少なかった。一方、収入の低さは、夫婦どちらでも「収入が足りなくなる」心配と関係していた。
対象: 米国の中年夫婦335組(平均44歳)を1年間追跡 / 限界: 学会で発表された要旨で、論文全文として公開されたものではない。退職前の中年層の心配を調べたもので、実際に退職した後の心配を追跡したものではない。
03今日からできる小さな一歩
完璧な計算を目指さなくてよい。研究では準備や夫婦での話し合いをしている人ほど心配が小さい傾向があり、「ざっくり書き出す」「話す」ことから始められる。
退職後の大まかな支出を書き出す
細かい金額でなく、住居費・食費・医療費など大きな項目だけを紙かメモに書き出します。
所要 15分
パートナーや家族とお金の話をする時間を作る
現状の心配事を共有するだけでよく、その場で結論を出す必要はありません。
所要 15分
「いつまでに何を決めるか」を1枚のリストにする
年金の受取方法や住まいの選択など、先延ばしにしていることを並べて書くだけにします。
所要 10分
04続けるためのコツ
不安をゼロにすることを目指さず、「わかっていること」を少しずつ増やす姿勢を持つと続けやすい。
- 数字がぴったり合わなくても、一度書き出したこと自体を評価する。完璧を目指さない。
- 一人で抱え込まず、家族や勤め先の年金担当、ファイナンシャルプランナーなど第三者に話してみる。
- 不安を感じた日は、その日わかったこと・決めたことだけを一言メモする。
05よくある質問
退職後の生活費はいくら用意すればいいですか?
必要な金額は住まいや健康状態、家族構成によって大きく異なり、一概には言えません。研究では、退職前に準備や計画をしていた人ほど退職後の心の健康がよい方向に変わりやすいことが示されています。まずは大まかな項目を書き出すことから始められます。
計画を立てても不安が消えないのですが?
計画を立てても不安が完全になくなるとは限りません。研究が示しているのは、準備をしていた人ほど退職後の心の健康がよい方向に変わりやすく、お金の話し合いができている夫婦ほど心配が少ないという傾向です。少しずつで構いません。
出典
- Yeung, D. Y., & Zhou, X. (2017). Planning for Retirement: Longitudinal Effect on Retirement Resources and Post-retirement Well-being. Frontiers in Psychology, 8, 1300. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5529398/
- Ugwu, L. E., & Idemudia, E. S. (2023). Retirement Planning and Financial Anxiety among Nigerian Civil Servants: Insights from Social Comparison Theory. Behavioral Sciences, 13(5), 425. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10215727/
- Yorgason, J. B., Segel-Karpas, D., Ermer, A. E., Weller, H., Owens, S., & Wheeler, B. (2021). What Are We Worried About? Mid-life Couples' Financial Concerns About Their Retirement. Innovation in Aging, 5(Suppl 1), 907(米国老年学会 年次大会の発表要旨). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8681651/


