将来の自分のために貯金できないのはなぜ?時間割引の研究

「将来のために貯金しなきゃ」と思っても、10年後・20年後の自分のことはどこか他人事のように感じてしまう。それは計画性がないからではなく、人は将来もらえるものの価値を実際より低く見積もってしまう「時間割引」という心理の仕組みを持っているからだと、研究でわかっています。
3行でわかる
- 将来の価値を割り引く度合いは「今」と「少し先」の間で特に大きくなることが理論化されています。
- 年を取った自分の顔のCG画像を見た大学生は、退職用の口座に回すと答えた金額が2倍以上になった実験があります(仮の選択)。
- 引き出しを制限する貯金口座を提案されたグループは、1年後の貯金残高が、提案されなかったグループより81パーセントポイント多く増えたフィールド実験があります。
01なぜ将来のために貯金できないのか?
将来もらえるお金の価値を、今もらえるお金より低く見積もってしまう「時間割引」という心理が、貯金より今の消費を選ばせやすくするためです。
割引の度合いが一定ではなく、「今」と「少し先」の間で特に大きくなる形を「双曲割引」といい、経済学者のLaibsonはこれを貯金と消費のモデルに取り入れました。たとえば「1年後の10万円」より「1年1か月後の10万5000円」を選ぶ人でも、「今日の10万円」と「1か月後の10万5000円」なら今日の10万円を選んでしまう、という逆転が起きやすいのです。将来の自分が、今の自分とは別人のように感じられることも、この傾向を強めると考えられています。
02研究では何がわかっているのか?
将来の自分を身近に感じさせる工夫は貯金に回すと答える額を増やし、引き出しを縛る口座は実際の貯金残高を増やしたことが、実験で示されています。
Laibson(1997)[1]
直近ほど大きく割り引く「双曲割引」をする人の貯金と消費をモデルで分析し、人が「将来は貯金する」と計画してもその日が来ると先延ばししてしまうことや、すぐ現金にできない資産が自分を縛る手段になることを示しました。この枠組みは、その後の貯金研究でよく使われています。
対象: 理論モデル(数理経済学の枠組み提示) / 限界: 理論モデルであり、個々人の割引率の大きさは実証研究ごとに異なる。
Hershfield, Goldstein, Sharpe et al.(2011)[2]
仮想現実の鏡で年を取った自分のCG画像を見た大学生は、仮に1,000ドルを受け取ったら退職用の口座に平均172ドルを回すと答えたのに対し、今の自分の画像を見た大学生は平均80ドルでした。別の実験(大学生42人、オンラインの意思決定ツール)でも、年を取った自分を見た条件では給与の6.76%を退職用に回すと答え、今の自分を見た条件(5.20%)を有意に上回りました。
対象: 4つの実験(大学生21〜50人、米国のオンライン参加者40人) / 限界: 仮の選択を尋ねた小規模な実験であり、実際の長期的な貯金行動への効果は別途の検証が必要。
Ashraf, Karlan & Yin(2006)[3]
フィリピンの銀行で、自分で決めた日付か目標額に達するまで引き出せない貯金口座(SEED)を無作為に選んだ顧客に提案したところ、提案されたグループの平均貯金残高は1年後、提案されなかったグループより81パーセントポイント多く増えていました。
対象: フィリピンの銀行の既存・元顧客1,777人(うち710人に商品を提案、202人が開設) / 限界: 特定の地域・所得層での実験であり、先進国の貯金習慣にそのまま当てはまるとは限らない。
03今日からできる小さな一歩
意志の力に頼らず、将来の自分を意識する工夫と、簡単には引き出せない仕組みを先に作ることが効果的です。
10年後・20年後の自分に名前をつけて考える
「未来の自分」を漠然とした他人ではなく、具体的な年齢・状況をイメージして「その人のための貯金」として考える。
所要 2分
給料日に決まった額を先に別口座へ自動振替する
「余ったら貯金」ではなく、振り込まれた直後に自動で貯金用口座に移す設定にする。
所要 10分(設定は最初の1回だけ)
引き出しにくい貯金先を1つ用意する
普段使わない銀行の口座や、解約・引き出しに手間がかかる仕組みを、少額からでも1つ持っておく。
所要 15分(口座開設)
04続けるためのコツ
貯金額を大きくしすぎず、自動化した仕組みを一度作ったらしばらく触らないことがコツです。
- 最初から高い目標額を設定すると、自動振替自体をやめたくなることがあります。無理のない少額から始め、数か月続いたら少しずつ増やす、という進め方もあります。
05よくある質問
「時間割引」とはどんな心理ですか?
将来もらえるものの価値を、今もらえるものより低く見積もってしまう心理です。割引の度合いが「今」と「少し先」の間で特に大きくなる形を双曲割引といいます。Laibson(1997)は、双曲割引をする人の貯金と消費を数理モデルで分析し、貯金が先延ばしにされやすい理由や、すぐ現金にできない資産が自分を縛る手段になることを示しました。
未来の自分の顔を見ると貯金は増えるのですか?
Hershfield et al.(2011)の実験では、仮に1,000ドルを受け取ったらどう使うかを尋ねたところ、年を取った自分のCG画像を見た大学生は、今の自分の画像を見た大学生の2倍以上(平均172ドル対80ドル)を退職用の口座に回すと答えました。別の実験でも、将来の自分を見た条件のほうが、給与から退職用に回すと答えた割合が有意に高くなりました。いずれも仮の選択で、実際の貯金額を測ったものではありません。
自分の意志で引き出しを制限する貯金は効果がありますか?
効果を示した研究があります。フィリピンでの現地実験(Ashraf, Karlan & Yin, 2006)では、自分で決めた日付か目標額に達するまで引き出せない貯金口座を提案されたグループ(実際に開設したのは28%)の平均貯金残高が、1年後に、提案されなかったグループより81パーセントポイント多く増えていました。
将来のために貯金できないのは意志が弱いからですか?
そうとは限りません。将来の価値を低く見積もることや、未来の自分を身近に感じにくいことは、多くの人に共通する傾向として研究されています。対策としては「意志を強くする」ことより、「引き出しにくい仕組みを先に作る」ことが研究で検討されています。
出典
- Laibson, D. (1997). Golden Eggs and Hyperbolic Discounting. Quarterly Journal of Economics, 112(2), 443-477. https://doi.org/10.1162/003355397555253
- Hershfield, H. E., Goldstein, D. G., Sharpe, W. F., Fox, J., Yeykelis, L., Carstensen, L. L., & Bailenson, J. N. (2011). Increasing Saving Behavior Through Age-Progressed Renderings of the Future Self. Journal of Marketing Research, 48(SPL), S23-S37. https://doi.org/10.1509/jmkr.48.SPL.S23(全文: PMC3949005)
- Ashraf, N., Karlan, D., & Yin, W. (2006). Tying Odysseus to the Mast: Evidence from a Commitment Savings Product in the Philippines. Quarterly Journal of Economics, 121(2), 635-672. https://doi.org/10.1162/qjec.2006.121.2.635


